東京高等裁判所 昭和27年(行ナ)29号 判決
原告 坂本正三
被告 特許庁長官
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、特許庁昭和二十六年抗告審判第一一号事件につき、同庁が昭和二十七年八月二十七日為した審決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として次の通り陳述した。原告は、昭和二十五年一月六日特許庁に対し太線の「S」字の真中に「コブシ」の図形を挾むように描き、その下に「エスコブシ」の片仮名を左横書して成る商標につき、商品を第十九類農工器具と指定して登録の出願をしたところ、拒絶査定をうけたので、原告は更に抗告審判の請求をした。而して同庁は、昭和二十六年抗告審判第一一号事件として審理した上、右出願商標(以下本件商標という)とその引用に係る登録第二四七九六〇号商標とを比較検討し、前者は「ヱスコブシ」の称呼及び観念を生ずるが、これは単なる太線で描いた「S」字を附した程度のもので、このような商標からは「ゲンコ」又は「コブシ」の称呼及び観念を生ずるものであり、後者は、右「コブシ」の図形と殆んど同一の「コブシ」の図形の下端に「GENKO」の「ローマ」字を左から右え横書して成るものであつて、「ゲンコ」の称呼及び観念を生ずること明白であるから、両者は類似商標であり、しかも、両者の指定商品も同一であるから商標法第二条第一項第九号の規定上登録することができないものとなし抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をした。
しかし、本件商標は、審決にいうように単に「コブシ」に「S」字を附した程度のものではなく「コブシ」と「S」字とが不可分的に結合したものであつて「エスコブシ」という称呼及観念を生ずるものである。しかも、右結合した図形の下には「エスコブシ」と片仮名で明記してあつて、右結合した図形が何なるかを示し、又上の結合した図形は下の仮名文字の何たるかを示し、両々相助けて「エスコブシ」という本件商標の称呼及び観念を生ずることを決定的のものにしているのである。本件商標からは「コブシ」又は「ゲンコ」という称呼及び観念を生じないから審決は認定を誤つた違法があり、取消さるべきものである。
被告は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、その答弁事実として次の通り述べた。
本件商標に関する登録の出願、拒絶査定、抗告審判及び本件商標並びに審決引用の商標の各構成についての原告主張は争わない。又被告は本件商標はその構成からして「エスコブシ」印と称呼及び観念せられることもあり得ることはなんら否定するものではない。しかし中央に顕著に「コブシ」の図形を描いて成つている本件のような構成からは「コブシ印」又は「ゲンコ印」という称呼及び観念をも生ずることは決して不自然ではないことは取引界における経験則に照し明白のことである。なぜなら、迅速をたつとぶ取引界においては、最も親しみ易い部分から称呼及び観念を生ずるものであることが普通であるからである。従つて、審決において「単なる太線で描いた「S」字を附した程度のこのような商標から「ゲンコ」又は「コブシ」の称呼及び観念をも生ずる」となしたのは相当であつて、審決には原告主張のような違法がない。
(各証拠省略)
三、理 由
原告が、昭和二十五年一月六日特許庁に対し太線の「S」字の真中に「コブシ」の図形を挾むように描き、その下部に「エスコブシ」なる片仮名を左横書して成る商標につき、商品を第十九類農工器具と指定して登録を出願したところ、右は原告主張の構成を有し、且つ第十九類ペンチ其他本類に属する商品を指定商品とする引用登録第二四七九六〇号商標と類似であるとの理由の下に拒絶査定となり、抗告審判の請求をしたが、特許庁において昭和二十六年抗告審判第一一号事件として審理の結果昭和二十七年八月二十七日抗告審判の請求は成り立たない旨の審決があつたことは当事者間に争がない。
よつて、本件商標と引用商標との類否について判断する。
成立に争のない甲第一号証によると、本件商標は太字の「S」の「ローマ」字の中央に右手の拳をその上下の彎曲線に囲え込むように描き、下に左から右え「エスコブシ」の五文字を片仮名で記したものであること、成立に争のない甲第二号証によると、引用商標は中央上部に右手の拳を描き、その下に稍右上りに「GENKO」の五文字の「ローマ」字を左より右え列べそのG及びEの下部の横線を特に一線に「アンダーライン」状に延長大書したものから成ることは、それぞれ認められる。而して右両商標を比較対照して見ると、なるほど本件商標は、全体の構成特に下部に「エスコブシ」の五文字の片仮名が記載されているところから考えると、「エスコブシ」と称呼され、且つ観念されることは原告の主張する通りであるが、さればとて本件商標からは「エスコブシ」という称呼及び観念を生ずることが決定的であり、従つて「コブシ」又は「ゲンコ」という称呼及び観念のごときは生ずるものではないとする原告の主張は是認し難いのである。本件商標中の太字の中央に在る拳は白く浮き出ているように顕著にあらわされ、しかも拳は吾人の身体の一部として常住坐臥、吾人の視角から離れられない対象であつて、強い親近感を帯びていることはいうまでもないばかりでなく、その拳の図形は一見してそれ自体吾人にある種の感興を起させるように描かれているから、自然拳の部分は他の部分に比しいちじるしく看者の注意をひくにいたるものであること実験則上肯認し得るところであり、又その指定商品は農工器具であるから、その取引又は需要の多くは農村において行われるものであること、等を想起すると審決のいうように本件商標よりは「コブシ」又は「ゲンコ」というようにも呼称され、且つそのような観念をも容易に生じ得ることは看易き道理である。他方、引用の商標からは「ゲンコ」と呼称されることは明白であり、又「ローマ」字の読めない者の間では「コブシ」とも呼ばれ、且つ観念されるのは自然であるということができるのである。而して、およそ一の商標からは一の称呼及び観念を生ずるを本旨とするものであることは自他商品の甄別の標章たる商標の性質上当然ではあるが、商標にして文字及び図形等の結合から成つているものについては商品の凡ての取引者及需要者により必ずしもその称呼及び観念の同一を期し得ない場合も存し得るのであつて、かような場合に或る商標につき二様の称呼及観念が生じ得るにおいては商標の一の称呼及び観念上よりすれば、他人の商標とは同一又は類似であるといい得ない場合であつても、他の称呼及び観念上よりすれば他人の商標と類似するものであるときは、これを類似商標として取扱わなければならないことは勿論である。本件が「エスコブシ」という称呼及び観念の外に「コブシ」又は「ゲンコ」という称呼及び観念を生ずるものとなすこと前叙のようである以上は、引用商標より生ずる「ゲンコ」又は「コブシ」という称呼及び観念と類似であるから、本件商標が「エスコブシ」と称呼又は観念されるにかかわらず両商標は類似商標であるということができるのである。原告は本件商標と引用商標とは類似商標でないという主張の下に、縷々陳述するところあるも、要するに右は原告独自の見解に立脚するものであつて、到底採用し得ない。甲第三号証の一、二、同第四号証の一、二、三、同第五号証の一、二の証拠によつても前記判断を覆し原告主張を認容するに足りない。
しからば、審決には原告の主張するが如き違法がないからかかる違法あることを前提として審決の取消を求める本訴請求は理由なくこれを棄却すべきものとする。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小堀保 梅原松次郎 原増司)